元気通信#190 逆境はチャンス、成功も試練
恩田多賀雄氏が主宰する「始道塾」の最近メルマガに「逆境は大きなチャンス」があった。・・・逆境と言えるほどの苦しみに出会うと、普通の状態での幸せ感は半端ないし、さらに傲慢が謙虚になれるというオマケまで付いてくる。更にさらに、心がタフになって、他人に優しくなれるというご褒美も、もらえる。(中略) 大きく成長するために、不足していること、修正せねばならないことを、逆境という形で教えてくれる。大きく成長するために、いくら学ぼうしても学びきれないこと、準備しても準備しきれないことを、逆境という形で教えてくれる。大きく成長するために、過不足なく、絶妙のタイミングで、思いっきり厳しく、目が覚めるように、逆境という形で教えてくれる。
私の最新・最大の逆境はまさに5年前の「コロナ禍」だ。それまで「何とかなるさ」と歩んで来た経営が全く行き詰った。レントオール(RA)のイベントが潮が引いたように消滅し売上ゼロが続き、併せて「県マタギ」自粛でベビーレンタルも半減。休業状態に追い込まれ「頭は真っ白、目の前は真っ暗」、○○の二文字が常に脳裡に浮かび、楽天家の私もさすがに万事休す!
これまでの甘かった経営を猛省し、先ず「素直な気持ちで、自分や会社を厳しく見つめ直すこと」から始めた。稲盛和夫氏著書をほぼ読破し「人間として正しいことを判断基準」に、問題点を「損得でなく善悪で」判断し、速やかに行動した。RA事業譲渡や社屋の売却・移転が殊の外スムーズに進み、私自身驚くが、「素直な気持ち」に立ち返って善悪で判断したせいかもしれない。その後鹿児島盛経塾(旧盛和塾)に入塾し、今も真摯な気持ちを忘れぬ様精進する日々だ。
また「成功も試練」とは前述の稲盛和夫氏の明訓だ。「ちょっと成功すれば、謙虚さを失くし傲慢さが顔を出す」「周囲からはチヤホヤされ、苦言を忌み嫌い」自分は気づかぬままに後退し、業績低下が始まり、気づいた時は危険水域に陥る。・・・まさに私のこの10数年と酷似する。「登り切ってもいないのに下り坂」(綾小路きみまろ)の人生は(ELVIS JOHN 小林 ショーのトークでは笑えるが)私の経営では打ち止めだ!そして調子の良い今だからこそ、更に引き締めて行く覚悟だ。
「何故そうなってしまうのか?」・・・私も含めて多くの経営者が「目の前の小さな幸福に安住してしまう」からではないだろうか?そのままにすれば、会社の弱体化が始まり、社員を路頭に迷わす事になる。そうならないためには、厳しいけど「高い山を目指す」ことだ。自社の目指す目標を明確にし、「従業員の物心両面の幸福を追求し、鹿児島介護業界の健全な発展を実現する」経営理念に立ち返ることだ。前号の「トンネルの先に光が見える」経営にも相通じるものだ。「高い山を目指す」には①経営者の誰にも負けない努力と②従業員との価値観の共有の実現だろう。

2025年4月4日 甲突川左岸 お花見
雄ちゃんの今昔物語 VOL,124
久々の大阪・東京出張は ポカ ばっかり(泣)
今年もダスキンのヘルスレント(HR)政策勉強会が2年続けて大阪・帝国ホテルで開催された。コロナ禍以降は「WEB会議」ばかりだったが、2023年ぐらいからリアル会議に戻った。その後も大阪ばかりで、長男家族がいる東京周辺の開催が無く、7~8年東京には行けなかった。その間に姉(82歳)は地元熊本から、三女が住む東京・板橋区へ引越し、また亡き母の妹・T子叔母が東京足立区の老人施設に93歳で元気なことも分かり、今回は大阪から新幹線で東京に行く予定を組み、計4泊5日の長旅となった。欲張りの私は、3月5日会議の翌朝ダスキンヘルスレント枚方ステーションに訪問し、夕方はダスキン加盟店の盛岡STの前社長M氏(東京在中)とも6年ぶりに会う計画を立てた。
先ず、HR政策勉強会では九州の優秀店舗賞(6店)に選ばれた。来期はその上の「優秀加盟店賞」に選ばれるように頑張ろう、と心に誓い、懇親会に臨んだ。
翌朝10時ころに枚方・牧野駅の迎えに来るということで、電話することになっていた。「淀屋橋」で京阪電車に乘り変えまでは良かったが、その後の車内アナウンスが「枚方駅」と聞こえたので慌てて降りたら「京橋駅」だった。仕方なく普通電車で30分遅れの電話をして、普通に乘った。・・・それから本を読んでいたら10時30分過ぎても平野駅には着かない。枚方STのO氏からの電話で確認したら過ぎた後だった。結局折り返して11時過ぎの牧野駅に到着、非常に迷惑をかけた。・・・反省点は2点、①不慣れなところでは、本や音楽を聞いたりしない、②咄嗟の行動は間違いの元。HR枚方の皆様、すみませんでした。(泣)
翌日は、姉の家までJR中央快速・山の手線、都営二田線で志村坂上駅に下車。久々の姉は(電話では聞いていたが)かなり円背が進み、背が小さくなったのには驚いた。姉の部屋でお茶を飲み、さあ、叔母の施設に向かおうとするが「施設では土産は渡せない」そうで、咄嗟に姉に上げることにしたが、一緒に入れた単行本を忘れてしまった(後で送り返してもらった)。その後電車等を乗り継いだが、姉の歩きの遅さにも驚き、これは公共交通は危ないとずっと介助して歩いた。まだ要支援ではないらしいが、福祉用具の必要性を感じた。
2月に長男には上京を連絡したら、LINEで「エンディングノートを書いて持って来て」との命!判るところは書いたが、8日(土)午前中、マンツーマンで質問を受けながらみっちり3時間、厳しい尋問が終った。この長男の性格は両親のどっちに似たのだろう?(泣)昼はみぞれ交じりの寒さだったので、孫の来年受験の中学周辺を散策し、食事をして帰った。
翌9日(日)東京は温かく、長男家族3人で羽田空港まで送ってくれた。搭乗手続きを終え、お土産を会社と妻と次男(店長)宅に買い、長男も同様に買ったので大量のお土産を紙袋に入れて、長男たちと別れた。・・・20番ロビーでまだ30分以上あると、妻にTELしていると、もう順番に並び始めた。慌てた私は咄嗟にリュックとコートを手に順番に並び、飛行機内に入って行った。それから本を読み始めるが、隣席がお土産を足元に置いたので、お土産をロビーに忘れているのに気づき、CAに連絡するが既にドアは閉じられ万事休す!
その後は座席でしばらく茫然自失!我が身の不甲斐なさに嫌気がさした。気持ちを切り替え、ポジティブに読書するかと思えば、ふっと妻や次男の○○な言葉が脳裡に浮かび、そんな堂々巡りの2時間だった。鹿児島空港に着き羽田の遺失物係には無く(羽田空港には)外人さんも多かったので諦めて帰途に就いた。
翌朝NETで土産を購入し、午後だめ元で羽田に電話したら、内容が一致するお土産があって返送してもらった。長男にLINEすると「日本は本当に良いところだね!」という返事。それにしても何とポカばかりの出張に妻からは早速「認知症の検査を受けたら!」とバッサリ!

2025年3月7日 東京都足立区 介護施設(左から、私・T叔母・A姉)